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日々の出来事や、趣味の街歩き、山歩きのことなどを綴ります。
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平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その6)

2017/01/09 16:20
「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その1)」からお読みください。

セントラムで、市内環状線を一周したあと、富山駅周辺をしばらく、うろうろ。
富山地方鉄道の富山駅。

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まさかここで、この車両にお目にかかるとは思ってもいませんでした。

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四日間の旅行で、「49歳で電車の運転士になった男の物語」と、「愛を伝えられない大人たちへ」両方の舞台を訪ねることが出来ました。

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富山駅のホームに戻り、2番乗り場へ。

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名古屋までお世話になる、ワイドビューひだ号です。

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北陸新幹線の工事の記事で良く目にした、神通川橋梁の主塔が遠くに見えていました。

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午後1時2分、定刻に発車したワイドビューひだは、富山平野を横切って、神通川をさかのぼるように南下。三連休の初日とは言え、年末のこういう路線は空いているだろうと思っていたら、あにはからんや、車内はほとんど満員で、特に、外人さんと思しき観光客ご一行が散見されました。

猪谷で停車した後、中央分水界を越えて飛騨川流域に入り、今話題の飛騨古川に停車したあと、高山で車両を増結。そして、次の下呂駅で多くの人が下車して、車内はがらっと空きました。

飛水峡の景勝区間を過ぎて、北から濃尾平野に入ったワイドビューひだは、ここまでの低速蛇行のうっぷんを晴らすかのように、猛然と高速走行を開始。かなりまっすぐに近い平面線形の区間を、同じような勾配でひたすら下るという感じで走行し、美濃太田駅に到着しました。

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その後、また同じように、特急らしい走りをして、岐阜駅に到着。
ここで進行方向が逆になり、二日前の深夜に通過した東海道本線の区間を背中向きに通って、定刻の5時02分。ちょうど、4時間の乗車で名古屋に到着しました。

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JRはここまでで、近鉄の名古屋駅に移動。
大阪までのアーバンライナーを待っていると、しまかぜが到着してきました。

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最後の特急、アーバンライナー。大阪難波行き。

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約二時間で、終点の大阪難波に到着。
同じホームで、阪神なんば線の尼崎行きに乗り換えて、今回の旅行で最後の鉄道利用。
そして午後9時前、四日前の早朝に出発した阪神尼崎駅に無事、戻ってきました。

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富山駅でおみやげに買った、源のますのすしとぶりのすしは、翌日、クリスマスイブの食卓に彩りを添えました。

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ご笑覧いただきありがとうございました。

よろしければ、過去の記事もどうぞ。

 平成27年12月 北関東ひとり旅行
   稲荷山鉄剣 渡良瀬橋 上毛電鉄
  上信電鉄 富岡製糸場 前橋 岩舟
  鹿嶋臨海鉄道 交通博物館 … 

 平成26年12月 南九州ひとり旅行 
  出水 大畑 鹿児島 人吉
  霊台橋 通潤橋 立野 chinese lady … 

 平成24年10月 大阪近郊区間 大回り乗車
  6:06塚口→23:19加島
   739.4km 180円
  福知山 加古川 山陽 東海道 湖西
  北陸 東海道 草津 関西 片町
  おおさか東 関西 桜井 和歌山
  阪和 大阪環状 東西   
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平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その5)

2017/01/09 15:07
「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その1)」からお読みください。

12月23日。天皇誕生日。四日目、最終日です。

5時48分の直江津方面一番電車に乗るべく、十日町駅へ。

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直江津まで、ちょうど1000円で切符を購入。

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未明の十日町駅構内。
12月下旬のこの時期、年によっては、このアングルで真っ白な風景のこともあるのでしょうが、今回、十日町では全く、雪を見ることができませんでした。

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発車までしばらく時間があったので、北越急行側の構内を少し見て回りました。

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階段や通路には、華やかな垂れ幕がかかっていました。
この六角形の文様は「十日町雪花文様」というそうです。

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犀潟行きの一番電車。

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残念ながら、この時間では、ゆめぞらの上映はありませんでしたが…。

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…昨年の上毛電鉄同様、クリスマス装飾の電車でした。

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ほとんど直線、かなりの区間がトンネルの路線を猛スピードで駆け抜けて、40分余りで、まだ暗い犀潟駅に到着しました。

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未明の犀潟駅には小雨が降っており、また、前日糸魚川の街に大火をもたらした強い南風がいまだ収まらずに吹いていました。

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妙高高原行きの一番電車で直江津まで行き、1分の連絡で日本海ひすいラインの糸魚川行き電車に乗換えました。

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短編成の電車は、高校生の体育クラブの休日遠征試合に向かうと思しき皆さんで座席はほぼ満員状態。
車内で、直江津から富山までの切符を購入しました。

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糸魚川に到着。
糸魚川はかつて大学時代、毎年、所属していた大学の天文部の夏合宿が南小谷の民宿で行われて、ペルセウス座流星群の「二点観測」のために、夜間遠征に来ていたところです。
ある年、夜中から高等学校のグラウンドで、流星観測、流星撮影をさせていただいていたところ、おそらく体育系のクラブの高校生が、学校に泊まり込んで同じく夏休みの合宿をしていたようで、朝方になって、早起きの高校生に不審者と間違われかけたこともありました。(というより、モロ不審者ですが…。)

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その糸魚川の街が、このたびの火災では大変大きな被害を受けてしまいました。
糸魚川からの電車の発車直後、徹夜で消火活動を行っておられたであろう、消防士の方々の姿を、駅前にちらと見ることが出来ました。
消火活動に従事された皆様、本当にお疲れ様です。
また、被災された皆様には、心からお見舞い申し上げます。

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ここからは三両編成のイベント車両「とやま絵巻」です。
内装にもなかなか力が入っています。

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市振駅までが、日本海ひすいライン、そこから先はあいの風とやま鉄道。
親不知駅の海側では、新しい道路の建設でしょうか、橋梁の工事が行われていました。

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この「とやま絵巻」の車両は、外側の車体面に、富山の風物を図案化して描いているのですが、窓の部分も図案が途切れないように、ガラス面に網掛け、着色がなされていました。
おかげで、走行中、座席の窓ガラス越しには外の風景の写真を撮ることができず、ちょっと残念でした。

富山に到着。

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富山駅の在来線は現在、上り線のみ連続立体交差化されて、ホームが上に上がっています。

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富山駅中央コンコース

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立体化されている新幹線と上り線ホームの下部に、富山地鉄の市内電車が乗り入れています。

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今後、在来線の下り線路も立体交差化されると、駅の南北を接続する空間が確保され、ここで北側の富山ライトレールと南側の地鉄市内電車がつながる計画です。
これは、かなり画期的な計画であると感じます。

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現在、駅の南北の通行はこの地下通路がメインルートになっているようですが、それも、駅の立体交差化が全部完成すれば、市内電車の停車場に沿って南北自由通路が出来て、とてもスムーズになるようです。

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駅北側、富山ライトレール(ポートラム)の富山駅北電停付近から見た富山駅。
手前側が、まだ地上を走っている上り線ホームです。

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富山ライトレールの富山駅北電停。

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ポートラムの車内。

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とりあえず、運転席も。

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路面電車用の信号。
全国的に見れば、大きな街中のあるところにはあるのでしょうが、とは言え、慣れないと自動車を運転していてとまどうかも。

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20分ちょっとで、終点の岩瀬浜に到着。
電車からフィーダーバスへは、平面で乗り継ぐことが出来ます。

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線路に沿った歩道を通って、岩瀬浜の街中に向かいました。

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岩瀬カナル会館。
レストランや土産物店がありました。
4月から11月まで、富岩運河を航行する観光船の乗降場にもなります。

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普通のお宅でも、雪吊りの準備をされていました。

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まず、海沿いにある富山港展望台へ。

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予想通り、20mの高さの展望台まで螺旋階段を歩いて上りました。

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大変、残念ながらこの日は時折雨がぱらつくあいにくのお天気で、立山連邦の雄大な山容は全く見ることが出来ませんでした。

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伏木富山港の富山地区。
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旧北国街道に面した岩瀬大町新川町通りを散策しました。
北前航路が最盛期の明治初期に建てられたかつての廻船問屋が建ち並ぶ街並みです。

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立派な門構えのお屋敷の入り口で一枚、記念写真。

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銀行の手前のお屋敷が、森家。
国指定の重要文化財です。

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邸内を少しだけ、足早に見学させていただきました。

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真新しい杉玉を掲げる酒屋さん。

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大町新川町通りを南に抜けて、富山ライトレールの東岩瀬駅。
旧富山港線時代の駅舎が残る唯一の駅です。
ライトレールの駅そのものではありませんが、休憩所として利用されていました。

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ライトレールの現在の南行きホームから北を望んでいます。
左が旧駅舎と旧ホーム。
線路沿い、奥の方の左に見えているのが、岩瀬浜方面行のホームです。

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マスコットキャラが、ホームを案内。

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富山駅に戻り、地鉄市内電車の富山駅電停を撮影。
停まっているのは、大学前行きと南富山駅前行きです。

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そしてこちらが、セントラム。
平成21年に開通した、市内環状線の車両です。
将来的には、奥に見えている光っている部分を突き抜けて、富山ライトレールと線路がつながるということですね。

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「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その6)」に続く
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平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その4)

2017/01/07 19:46
「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その1)」からお読みください。

初日の広島県観光、二日目の島根県観光に続き、三日目は東京からスタート。
品川から東京まで、通勤電車で移動し、東京から中央線で新宿へ。

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東口に出るべきを、西口に出てしまい、大ガードをくぐって西武新宿駅へ。

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西武新宿駅。

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特急小江戸号。

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この日最初の目的地、川越まで、NRA ニューレッドアローで一時間ちょい。
ずっと都市部なので仕方ないのでしょうが、なかなか高速で走行する場面はなく、レッドアローというよりはレッドトータス…。

定刻より少し遅れて、本川越駅に到着。

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西武鉄道の車両の知識はほぼゼロですが、本川越駅に、2017年春デビューする40000系の試運転車両が停まっていました。

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コインロッカーの場所をお尋ねしたら「ぺぺにある」と言われ、まずぺぺを探して、ロッカーを探し、大荷物はそこに預けて、散策開始。

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駅前から、重伝建保存地区に至る道路は、大規模に拡幅工事中でした。

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保存地区の手前から、すでになかなか雰囲気のいい商店街が続いています。

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仲町交差点。ここから北が川越の重伝建保存地区です。
温泉津に続き、今回の旅行で二箇所目の、重要伝統建造物群保存地区。
温泉津が「港町 温泉町」として登録されているのに対し、川越は「商家町」として登録されています。
いきなり、ドカンと言う感じで、どっしりと建っています。

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観光のオフシーズンとはいえ、首都圏にある一級の観光地であるこの地区では人も車も多くて、なかなか写真もうまく撮れません。

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埼玉りそな銀行川越支店。
最近、あちらこちらの観光地で見かける人力車がここにも。

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時の鐘は、残念ながら、耐震化の工事中でした。

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古風な建物の街並みがまだまだ続きます。

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重伝建保存地区北端、札の辻交差点を曲がって、市役所前へ。
ユニークな耐震補強を施した川越市役所。

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川越城の空堀跡。

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川越城本丸御殿。
今回のこの川越城で、私の日本百名城訪問が、ちょうど半分の五十城になりました。

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室町時代の河越城は、扇谷上杉氏の重臣であった太田道真、太田道灌の父子が、足利氏への防御線として、江戸城とともに築城したといわれています。
その後、関東は北条の支配するところとなり、更に北条なきあとは徳川の治めるところとなり、江戸時代に入って小江戸と呼ばれることになるこの地は、代々徳川の親藩・譜代の大名が治め、現在に残る川越城の遺構は、1600年代の半ばに、松平信綱によって拡張整備されたものだそうです。
中世から近代への歴史の中で、支配者はたびたび変わりましたが、現在の川越の方にとってより親しみを感じるのは、徳川の歴代譜代大名よりも、やはり太田道灌なのでしょうか。市役所前に立っているのは、太田道灌でした。

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菓子屋横町をうろうろするころから、雨がショボつき始めました。

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少し駆け足でペペに戻り、荷物を取り出して、東武東上線の川越市駅へ。
西武本川越駅と東武川越市駅は、ごく普通の道路でつながっており、平日のこの時間帯でも、そこそこ人通りがありました。

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ICOCAで入場してホームに上がったら、ちょうど森林公園行きが発車するところでした。

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森林公園駅。
東京で地下鉄を利用していると、森林公園の駅名は良く聞くのですが、利用するのはこれが初めてでした。
急行に乗り継いで、小川町へ。

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小川町で、八高線に乗り換え。
ICOCAで東武線の精算とJR線への入場が出来ました。

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昨日までの中国地方とはちょいと趣きの違うワンマンディーゼルカーで、ガタガタと高崎まで行きました。

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上越国境は、新幹線にするか在来線にするか少し迷いましたが、十日町に少しでも早く着きたかったので新幹線に決定。

高崎駅では荷物を担いでダッシュし、八高線から4分の連絡で上越新幹線のとき323号に乗り継ぎ成功。
小川町では、ICOCAでJR駅に入場していましたが、新幹線の車内で車掌さんに入場記録を消してもらい、改めて、小川町から六日町までの乗車券を購入しました。

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定刻の15時00分。越後湯沢に到着。
この4日間の旅行で唯一の新幹線利用となりました。

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六日町まで、上越線のワンマン電車。

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六日町で、いよいよ北越急行に乗り換えです。

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六日町駅を発車したほくほく線のワンマン電車は、少し走ってすぐに一気の加速。
ここまでに乗車した三江線、山陰本線、八高線の気動車とはちょっと次元が違う爆走ぶり。
山のことにはとんと疎いのですが、右手に見えていたのは、八海山でしょうか。
飲み屋で時々、耳にする名前です。

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14分。表定速度60キロ超で、この日の最終目的地、十日町駅に到着。
ここまで乗ってきた電車は、この駅で六日町行と入れ替えです。

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織りと染め 着物の里 とおかまち。

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北越急行の駅構内にまします、新潟県のご当地アイドル”Negicco”

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陸橋を渡って、こちらはJRの十日町駅。
何か、新幹線が並行する在来線の駅のような風景。

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越乃Shu*Kuraの駅名標。
越乃Shu*Kuraが、JR東日本のイベント列車であることは、帰宅してから知りました。
今シーズンの運行は11月までで終わったとのこと。
要するに日本酒飲酒列車です!

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JRの駅舎。

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駅前通りには、子供の頃社会の教科書で見た雁木が、今風の装いで本当にありました。
この日も翌朝も、時折、弱い雨がパラついていましたが、雁木のおかげで、傘は不要でした。

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宿に入り、荷物を置いて、夕方の街中を少し散策。
あっさりとしたライトアップが心地よい雰囲気です。

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街角の保育園にも、雪掻きグッズがしっかり装備されていました。

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雁木と共存する、めずらしい横向き歩行者信号。

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早朝に、サンライズの車中でパンを食べた後、お昼も食べずに動き回ったこの日の夕食は、越後十日町小嶋屋の本店で、この地方の名物へぎそばと、南魚沼産コシヒカリのミニ天丼をいただきました。

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宿に帰って入浴し、翌朝、またも5時台の電車に乗る予定であったので、早々に布団に入りました。

「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その5)」に続く
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平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その3)

2017/01/03 21:07
「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その1)」からお読みください。

出雲市も、鉄道で訪ねるのは学生時代以来です。

当時お世話になった、私にとってのスターたち。

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このたびの旅行から帰ってきて当時の旅行日記を読み返してみると、初めて訪ねた出雲市駅について「駅舎は(当時住んでいた)甲府駅が少し勝っているが、駅前(の賑わい)は完璧に負けた」「駅のすぐ近くの銭湯に入った」「駅前のお食事処で落ち着いて食事をした」といったことが書いてありました。

今は、鉄道の連続立体交差が完成して、とても立派な駅舎。
駅北も駅南も、当時とは風景が一新しているのでしょう。

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隣接する、一畑電車の駅も、線路は上に上がっていました。

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高架下も、梅田の阪急三番街のようになっていました。

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事前の情報で、一畑電車が86年ぶりにオリジナルの新型車両を導入したと聞いていたので、見れるものなら、と思っていましたが、駅員さんにお聞きすると、導入直後のこの時期、夕方にはもう車庫に入ってしまっているとのこと。
業務用のダイアグラムを取り出して丁寧に説明してくださった駅員さんへの謝意も込めて、入場券を一枚購入。

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今夜の宿は、長らくの念願だった電車寝台特急サンライズ出雲。
どうせ乗るのなら最長距離でと思い、途中に通過する大阪から、二日かけて始発駅のここまで来たという具合です。

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発車5分前、2番ホームに、サンライズ出雲東京行きが入線。

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三十数年前、鈍行山陰のボックス席が山陰路の定宿だった自分が、今日はシャワーカード付きの個室A寝台にレベルアップ!

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夕食は、出雲市駅で調達したトラディショナルな駅弁。

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しばらくは、車内を頭から尻尾までうろうろと探検しました。

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実のところ、出雲市で乗車した時点では、暖房が効き過ぎていて個室の室内はかなり暑い状態でした。これは、あまり快適な一夜にはならないかもしれないなと、ちょっと心配になりましたが…。
しかし、暖房スイッチや空調の吹き出し口の調節の仕方を徐々に解明していった結果、夕食を摂って、シャワーを浴びたころには暑からず、寒からずの大変快適な室内になりました。

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今回のサンライズ出雲の全行程の中で一番快適だったのは、伯備線を走行中、室内の電気をすべて消し窓のブラインドを全開にしてベットに寝転び、線路の振動を感じながら、星を眺めている時でした。
さすがに、分厚いガラス越しでかなり明るい星でなければ見ることは出来ませんでしたが、それでもオリオン座の三ツ星などは、ちゃんと確認出来ました。
時々、電灯の灯る小さな駅で運転停車をして対向車両とすれ違ったりしながら、コットンコットンと走る寝台車。
睡眠環境は激変していましたが、思い出すのは遠い昔の車中泊、ボックス席でふと目を覚まして深夜の車窓を眺めた時のことでした。

岡山駅では、サンライズ瀬戸と連結を行いましたが、残念ながら上りのサンライズ出雲は、岡山に後から到着するため、ドアは連結後にしか開かず、併合作業をホームで見ることは出来ませんでした。

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23時半ごろ、定刻に姫路駅到着。
向かい側の下りホームのえきそばは、まだ営業していました。

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深夜零時、明石海峡大橋付近を通過。
この日は、明石海峡大橋のライトアップが「ルミナリエパターン」となるイベントパターンの期間中で、平日より一時間遅い深夜零時までライトアップが点灯されていたため、ちょうどその消灯に遭遇することが出来ました。
上りサンライズの、あまり語られないビューポイントのひとつです。

ルミナリエパターンのライトアップ

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消灯する瞬間

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零時を過ぎて三ノ宮に到着。
平日のこの時間でも、この人の数。
ひょっとして、職場の知人がいるかもしれないと、何となく見回しましたが、さすがに発見出来ませんでした。
(しかし、この駅のホームのどこかに、知っている人がいる確率は50%以上だと思われる)
酔ってサンライズに乗り込もうとする人に、連れのおっちゃんが「特急やで!乗ったらあかんで!」と言っている声が聞こえたような気がしました。
間違ってこれに乗ってしまい、何かのはずみで大阪でも降りずに通過してしまったら、次の停車駅は静岡です。

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零時半過ぎ、定刻に大阪駅到着。
三ノ宮とは一転して、ここは閑散としていました。

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大阪駅を発車後、夜の車窓を堪能するのはしばらく終わりにして、一旦、少し眠ることにしました。

そして、目が覚めたら2時10分。スマートフォンで確認すると、伊吹山のあたりを走行中。
しばらく、車窓を流れるあかりなどをぼんやり眺めていると、2時45分、下りのサンライズとすれ違いました。
事前にネットで仕入れていた情報では、もう少し早い時刻にすれ違うはずで、おそらくこちらが遅れているのだろうと、ぼんやり思いました。

その後、しばらくうとうとと眠ったり目が覚めたりを繰り返していましたが、だんだん目がさえてきて、活動再開。
早朝の運動よろしく、連結されたサンライズ瀬戸の先頭まで、歩いてきました。

連結部分では、高い位置で向き合っている無人の運転台に手を突っ込んで、写真を撮りました。

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静岡に停車した後、5時40分に富士到着。定刻は5時10分なので、この時点でちょうど30分遅れていました。
少しでも長くこの列車に乗っていたい自分にとっては、遅れはむしろうれしいのですが…。

遅れのため、朝の通勤時間帯の京浜間に割り込んで行けなくなったサンライズは、小田原に臨時停車して横浜で下車予定の乗客を降ろした後、横浜は通過して、品川止まりになるとのアナウンス。
横浜で下車予定の人や車掌さんには申し訳ないのですが、レアケースに遭遇して、自分としてはひそかに大満足。

根府川橋梁通過。

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小田原駅に臨時停車後、発車。次は終点、品川。

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東戸塚から貨物線に入り、いくつかトンネルを通って、横浜羽沢貨物駅を通過。

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京浜急行生麦駅付近で東海道本線と合流し、その後概ね横須賀線に並行して走行。
新川崎駅に隣接する新鶴見機関区。
普段、目にすることのない、機関車やロゴマークを目撃しました。

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武蔵小杉駅では、通勤のみなさんの目の前をしずしずと通過。

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西品川の再開発地区。

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湘南新宿ラインをオーバーパス。
このアングルは、新幹線で上京する時も目にする、見慣れた風景。
画面、上部が新幹線の桁ですね。

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品川を発車した新幹線とすれ違い。

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そして8時過ぎ、終点の品川駅に到着しました。

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手を伸ばして運転台を撮影した、連結部分。

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東京まで特急で行けば、少々荷物が大きくても中央線は始発だから何とかなると思っていましたが、品川で降ろされ、品川東京間は、朝の通勤電車で移動。
しかし、思ったほど混んでもおらず、無事東京駅に到着しました。

結局、サンライズには予定より一時間ほど余計に乗せてもらいました。

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平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その2)

2017/01/01 22:36
「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その1)」からお読みください。

二日目、12月21日。冬至の日。
5時44分三次発の、三江線の始発列車に乗るべく、5時過ぎにホテルをチェックアウトして駅に向かいました。

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早朝の三次駅では、係員さんが、気動車の始業点検(というのかな?)をされていました。

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江津までお世話になる、浜田行きのワンマンカー。

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車内は、ボックス席、ロングシート併設、トイレ付きの標準的な仕様です。

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発車してしばらくは、まだ真っ暗な江の川沿いの(たぶん)山中を、ブンブンいわせながら走行。
乗客は、自分と同じような乗り鉄さんとおぼしきご同輩が三・四人のみといったふうで、これがもし、三江線廃止が伝えられていなかったら、ひょっとして三次からかなりの区間、乗客ゼロではないかという感じでした。

ようやく外が白み始めて、小雨と霧で曇った窓から、江の川の清流を一枚、撮りました。

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「天空の駅」宇津井駅。停車時間がほんのわずかなため、残念ながら下車して地上まで行ったりすることは出来ず、「天空」から下を見下ろすのみになってしまいました。

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三次発車から1時間38分経った7時22分。宇津井の次の石見都賀駅で、初めて地元の方と思しき人が乗車。
更に進んで、徐々に、沿線に人家も増えてきました。

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とは言うものの、江の川に沿って、山際を縫うように走る鉄路は、なかなか速度が出せないようで、制限速度30キロの標識が至る所にありました。

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三次を出発して3時間48分。定刻の9時32分、江津到着。

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江津市は石州瓦生産の中心地です。

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三江線と同じ型式の気動車で、山陰本線を東に向かいます。
乗り継ぎ時間は3分間。

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江津を出た山陰本線出雲市行きの気動車は、三江線とは打って変わって、ブンブンうなりながら、突っ走ります。
沿線には、石州瓦の民家の集落が続きます。

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20分ほどで、次の目的地、温泉津駅に到着しました。

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ここの駅は、駅舎がJAしまねの支店事務所になっています。
駅にコインロッカーがなく、街並みを散策するのに、でかい荷物をどうしようかと一瞬青くなりましたが、何と、JAの支店が、一時預かりをしてくださいました。
感謝!!

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身軽になって、散策開始。
駅から、温泉津温泉の街並みまでは1キロくらいありますが、ひなびた海沿いの町をてくてくと歩きました。

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温泉津温泉は、今から三十数年前の昭和57年に一度訪ねたことがあり、学生だった当時の私の旅行日記には「お湯につかった」「温泉の方の愛想がとてもよかった」という内容のことが書かれています。
具体的な記憶は正直、もうほとんどなかったのですが、とても心地の良い場所であったという記憶があり、いずれ再訪したいという想いをずっと持ち続けていました。
また、温泉津の温泉街は、平成16年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、その点でも、ぜひ、訪ねたい場所でした。
また、ここは、言うまでもなく、「石見銀山遺跡とその文化的景観」として、平成19年に日本で14例目の世界遺産の登録を受けた 場所でもあります。

海沿いの道を歩いて、温泉街へ。
山の地形に合わせて形成された温泉街の街並みに入っていく入り口のところに、大田市観光協会の施設「ゆうゆう館」があります。

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戦国時代から、当地の庄屋を務めて来た内藤氏の庄屋屋敷。

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何気ない街角にも、歴史を感じさせる雰囲気が漂っています。

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この日は、温泉街の道路で、下水道の工事が行われていました。
風景写真を撮る分にはちょっと残念ですが、これはこれでもちろん、なくてはならない工事。
丁寧に対応していただいた交通整理員さんに感謝の気持ちを伝えました。

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大田市の生活バスが停まっていました。

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谷筋の地形に沿って、道路と建物が続く温泉街。

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そして、この日のお目当て、薬師湯に到着しました。

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薬師湯は、温泉津の温泉街にあるふたつの外湯のうちの一つで、日本温泉協会の審査で、山陰地方唯一、全国でも数少ない「最高評価」を受けた、完全自然湧出のかけ流し温泉です。

記憶はまったくないのですが、おそらく三十数年前に入らせていただいたのも、この薬師湯さんだったのだと思います。

そして冬至のこの日、薬師湯では、毎年恒例のゆず湯をされていました。

ちょうど、私が薬師湯に到着し、番台の方にお支払いをした頃、新聞記者さんが、ゆず湯の様子を取材に来られていて、写真撮影をされているところでした。
私は、撮影の邪魔にならないように、そろそろと浴場に入って、様子をうかがわさせていただいていたのですが・・・。

どうも、こういう話題の写真の入浴者は、太っているほうがいいと判断されたようで、私が入浴している様子を、たくさん撮影されました。

その後、おふたりの記者さんから取材も受け、その結果が以下の通りです。

山陰中央新報
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毎日新聞
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いろいろとお気遣いいただいた薬師湯のスタッフの方と記念撮影。
写真撮影のプロフェッショナルである新聞社の方に写していただいた、ぜいたくな写真です。

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薬師湯にて

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少し早いお昼を、薬師湯の隣、大正8年に建造された薬師湯の旧館「震湯カフェ内蔵丞」でいただきました。

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季節の野菜を薬師湯の源泉で蒸した「野菜蒸し」と温泉卵の入った、内蔵丞カレーです。

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このほか、薬師湯では、2階のラウンジや3階の屋上も解放されており、おいしいコーヒーをいただきながら湯上りのゆったりとした気分で、温泉街の家並みを楽しませていただくことができました。

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薬師湯から失礼をしたあと、温泉街をさらに歩いて、重要伝統的建造物群保存地区の街並みを堪能しました。

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そのあと、温泉津港のもう少し北まで足を延ばし、戦国時代に石見銀山で産出した銀の積出港だった沖泊の、鼻ぐり石(船を係留した岩)を見てきました。

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温泉津駅に戻って、JAで預かっていただいていた荷物を受け取り、駅ホームへ。
大田市行きの普通列車を待っていると、二両編成のスーパーまつかぜが到着して(運転停車)、出発して行きました。
昭和35年から十年間、宝塚で生まれ育ち、毎朝、福知山線の踏切を渡って小学校に通っていた、かつての鉄道少年の私にとって、特急まつかぜは、スーパーヒーロー。
それが、今や二両編成となったこのまつかぜは、ちょっとさみしかったですね。

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普通列車大田市行。

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車窓から見えた、仁摩のサンドミュージアム。
この日は水曜日で休館日だったので、見学はあきらめました。

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大田市に到着。

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普通列車の出雲市行きに乗車。

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午後4時前に、出雲市駅に着きました。

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「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その3)」に続く 
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平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その1)

2017/01/01 01:23
平成28年12月20日から、恒例の年末ひとり旅行に出かけました。
今回は、三泊四日で、広島、島根、埼玉、新潟、富山と、本州の真ん中あたりを西へ東へと走り回ってきました。
例によって、出発は阪神尼崎駅。
ちょうど一年前の前回よりかなりゆっくり家を出発して、6時38分の梅田行き普通に乗りました。
もう、直通特急も走っている時間でしたが、平日に、通勤の皆さんに交じって、のんびりと乗車するのは少し気が引けたので、普通車を利用。
今回も、往年の青胴車でした。

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阪神梅田駅。
尼崎ではよく空いていた青胴車も、終点の梅田では通勤の方が結構たくさん乗っていました。

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今回、最初の長距離移動は、広島県の三次市まで阪急の高速バスを利用。
これまで、仕事で淡路島に行くとき以外は高速バスを利用することがほとんどなかったのですが、いざ使ってみると、お値段も手ごろで、目的地によっては鉄道よりもはるかに短時間で移動できることを実感しました。
関西から三次市なんていうのは、もう、高速バスの独壇場ではないでしょうか。

ということで、阪急梅田の高速バスターミナルです。

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バスターミナルの周辺は、梅田の阪急村。
平日の午前7時過ぎだと、さすがにまだ人通りもあまりありません。

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新見経由三次行は定刻に入ってきて、定刻に発車しました。

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車内は、標準的な四列席でトイレ付き。
予想通り、この時期、この時間、始発の梅田から三次までよく空いていました。

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車内は空いていましたが、年末の通勤時間帯の道路はかなり混雑気味。
最後の乗車バス停である西宮北インター通過時点で、30分くらい、遅れが発生していました。

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安富のパーキングエリアで、小休止。

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小雨が降ったりやんだりするお天気の中、定刻を少し遅れて、三次駅前に到着。
三次駅前広場のこのモニュメントは、今もこの地域で行われている鵜飼をイメージしているそうです。

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三次駅は、広い駅前広場の端っこに、こじんまりとしたきれいな駅舎が建っています。

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駅前広場の西に建つ観光交通センター。
一階が観光協会とバス案内所、二階は食堂と貸会議室になっています。
観光協会で荷物を預かってもらい、レンタサイクルの電動自転車を借りました。

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小雨が降ったりやんだりしていましたが、何とかなるだろうと割り切って市内探訪に出発。
下は、市内にある辻村寿三郎人形館前で撮った写真です。

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お昼を過ぎていたので、まず腹ごしらえ。
今、ホットな三次名物は、平成26年10月の「第5回ひろしまてっぱんグランプリ」で優勝した「三次唐麺焼」。
事前にネットで調べていたマップなどを参考に、駅からほど近い「すぎおか」さんにおじゃましました。

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唐麺焼は、三次市に本社のある毛利醸造社のお好み焼き用「カープソース辛口」と、三次市で古くから創業されている江草製麺の「唐麺」を組み合わせた、三次産の素材がメインの広島風お好み焼。
オリジナルの唐麺焼にいくつか具材を追加して焼いていただき、お店の鉄板の上でいただきました。
ごちそうさまでした。

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腹ごしらえを済ませた後、小雨が降ったりやんだりする中、電動自転車で旧十日市町の街並みを過ぎ、巴橋を渡って、旧三好町へ。

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まず、みよし本通りを北上し、瑶泉院や大石内蔵助ゆかりの鳳源寺にお参りしました。
それから、また自転車でみよし本通りを戻ってきましたが、このころ、雨がやや強く降ってきたので、雨宿りも兼ねて、商店街に面した、辻村寿三郎人形館を見学させていただきました。

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人形館の館内をぐるりと見学して、外に出ると雨は上がっていました。
自転車を人形館の前に置かせていただいて、みよし本通りを歩いて散策しました。
人形館の斜め向かいの「甘味処平太郎」で、大判焼をふたついただきました。

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お店の奥さんが、開店や商品開発までの経緯、地域活性化にかける想いを熱く語って下さいました。

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みよし本通りは、石畳風のタイル舗装に古い町並みが残る、とてもいい雰囲気の場所でした。

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みよし本通りにほぼ平行して流れる、江の川支川西城川の護岸として、江戸末期には築かれていた石積み護岸の「旭堤」の遺構。
現在は、堤内側で、道路の路側擁壁として機能しており、一部がこのように公開されています。

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再び、巴橋を渡って、三次駅のある旧十日市町側へ移動。
巴橋から下流の風景。翌日に乗車予定の三江線の鉄橋が馬洗川の下流に架かっています。

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芸備線(三江線)の踏切を渡って、駅の南側に移動。

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駅南の住宅街を抜けて東に進み、駅の南東端に行きました。
平成28年に東武鉄道に譲渡されると聞いていた転車台が、ひょっとしてまだ、残ってはいまいかと見に行きましたが・・・。
結果は、ご覧の通りで、どうやらすでに撤去された様子でした。

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駅の南北をつなぐ歩行者用跨線橋から西側の風景。
正面遠方に見えている10階建ての建物が、今日のお宿のホテルです。

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東側の風景。
転車台は、正面奥の鉄道敷地内の小屋の右手、三本の線路が集まるようになっているところの先にあったようです。

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翌日が冬至で、一年で一番、日が短くなる季節。
お天気は持ち直し、晴れ間も見え始めた三次の街に、早くも日の入りが近づいてきました。
翌日は早起きして、5時44分の三江線一番列車に乗車予定のため、この日は早々に、ホテル入りしました。

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「平成28年冬 温泉・鉄道・重伝建めぐり旅行(その2)」に続く
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北関東ひとり旅行(その3)

2016/01/02 19:04
<下のほうの「北関東ひとり旅行(その1)」からご覧ください>

12月21日、三日目です。
水戸6時42分発の鹿島臨海鉄道に乗りました。
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水戸駅を出発してしばらくJR線と一緒に北上し、やがて高架になって、東に進行方向を変えます。
普段は体験出来ない、ディーゼルカーのエンジン音がとても心地よく感じられました。
車内の写真です。
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列車は、東水戸駅で対向車両と入替をして、ブンブン走って、大洗駅に到着。
この日は平日だったので、大勢の水戸方面への通勤通学客が上り列車を待っていました。
ここでも対向車両と入替です。
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高架区間のとても多い路線です。
長名駅。
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8時過ぎに鹿島神宮駅に到着しました。
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剣聖塚原卜伝生誕之地。
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朝の清々しい空気の中、鹿島神宮にお参りさせていただきました。
お参りして、鹿島神宮駅まで戻ってきたところ、ちょうど当駅前始発の東京駅行きの高速バスがバス停に入ってきたので、思わず乗ってしまいました。
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鉄道では行けない、臨海工業地帯を走ってくれたので、鹿島のもうひとつの顔も見聞することができました。
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高速バスは、潮来インターから東関東自動車道、首都高速湾岸線等を経由して東京駅の日本橋口に到着。
湾岸の景色などを楽しめました。
東京駅で、関西では見られない列車を一枚、撮影。
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鉄道博物館を訪ねるべく、大宮までJRで行き、そこから一区間だけ埼玉新都市交通に乗りました。
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鉄道博物館駅改札口の凝った天井です。
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鉄道博物館エントランス。
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写真は張付けるとキリがないので少しだけ。
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このあと、23区内の鉄道をゴソゴソ乗り回し、最後は代々木公園で一休みしました。
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東京駅に戻り、改めてこの銘板の前でしばし、思いをはせました。
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18時33分発のひかり527号。
帰路も、EX早得で、グリーン車を利用しました。
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最後に、三日間で購入したり、無効印を押していただいて回収した切符類をまとめてアップします。
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北関東ひとり旅行(その2)

2016/01/01 11:01
<下のほうの「北関東ひとり旅行(その1)」からご覧ください>

12月20日、二日目です。
高崎6時31分発の上信電鉄に乗りました。
あっさりした顔の電車です。
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珍名駅。
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早朝の下仁田駅に到着。
駅員さんにお願いして、撮っていただきました。
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下仁田駅で、記念に硬券の入場券を購入。
30分足らずの滞在でしたが、山間の町の朝の雰囲気を感じて、下仁田駅を後にしました。
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これまた30分弱で上州富岡に到着。
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例によって、街歩き、路地裏歩きを楽しみました。
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そして、少し道に迷い気味になってうろうろしていたら、忽然とお目当ての施設(の裏側の道)に出ました。
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8時50分くらいに、到着。
事前の情報では、入場に整理券が必要だとか何とか聞いていたので、入れなければそれでもいいか、くらいに思っていたのですが、開場10分前の正門前には行列もなく、当日券購入の行列の先頭になりました。
ただ、この後、館内の案内の方や、街の中のお店の複数の方から「世界遺産のブームになって以来、今日は一番人出が少ないと感じる」というお話を聞きました。
たまたま、人出の少ないラッキーな日に当たったようです。
交通整理の方にお願いして一枚、撮っていただきました。
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9時に開門となり、切符を購入して入場。
私はガイドさんのガイドはご遠慮して、一目散にまず繰糸所に行きました。
結果、見学者がだれもいない繰糸所で15分程度、ひとりで写真を撮ったり、見学することが出来ました。
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そのあと、首長館、寄宿舎、社宅群などを順次、見学しました。
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東置繭場内の展示室では、江戸時代の座繰を体験させていただきました。
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東置繭場
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製糸場から駅に戻る途中のお店で、入場券購入時にいただいた、400円分のお土産購入券を使って、釜飯おやきを二つ買って、食べました。
残念ながら、写真はありません。

上州富岡駅に戻り、蒟蒻畑ララクラッシュ電車に乗車。
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上信電鉄で高崎駅に戻り、6分の乗り継ぎ時間で両毛線方面行の電車に乗換えて、前橋まで行きました。

前橋駅の近くで、市の外郭団体が運営するレンタサイクルをお借りしました。
一日200円。
前橋の市内散策は3時間程度を予定していましたが、この自転車のおかげで、実に段取り良くあちこち訪ねて回ることが出来ました。
下の写真は、自転車を返却する前に、市内を流れる広瀬川の河畔で撮ったものです。
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駅を出発してまず、市内中心部にある桃井小学校を訪ねました。
この小学校は、終戦時宰相鈴木貫太郎の出身校で、校門前に鈴木が座右の銘としていたと伝えられている「正直に 腹を立てずに 撓まず励め」の石碑が建っています。
日曜日で、石碑を見ることが出来るかどうか不安でしたが、何か行事があったようで、校門は車が頻繁に出入りしており、私も少しの時間、石碑前に入らせていただきました。
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続いて、自転車をとばして群馬県庁へ。
県庁旧庁舎内で開催中の、大河ドラマ館に行きました。
県令ドノの机で記念撮影させていただきました。
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続いては、隣の群馬県庁新庁舎最上階の展望台。
前橋の街並みと、その後方に広がる山並みはなかなかの絶景です。
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県庁を後にして、臨江閣を訪ねました。
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大河ドラマの中でも登場していた、当時の迎賓館です。
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臨江閣の近くに、前橋名物の焼きまんじゅうの老舗があることを知り、自転車を飛ばして訪問しました。
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ご許可をいただいて、焼いておられるところを、撮影させていただきました。
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店内の様子です。
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広瀬川の河畔遊歩道です。
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交水堰と呼ばれる落差工。
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萩原朔太郎の像と前橋文学館と地元おばちゃん。
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昭和の雰囲気を醸し出す弁天通商店街、中央通商店街を自転車で駆け抜けて、JR前橋駅に戻りました。
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両毛線で、ふたたび桐生駅へ。
昨日と同じところに、別のわたらせ渓谷鐵道の車両が停まっていました。
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桐生でも、レンタサイクルをお借りしました。
こちらは観光客が主な対象のようで、貸し出しは無料!
しかも、電動アシスト付!
不肖、私、生まれて初めて、まともに電動アシスト付自転車に乗らせていただきました。
まず一気に電動パワーで街中を北上し、群馬大学理工学部キャンパス内の同窓記念会館を訪ねました。
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その後、重伝建地区の通りを南下しながら、建物を見て回りました。
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JR桐生駅に戻り、両毛線の普通電車に乗って、岩舟駅を訪ねました。
知る人ぞ知る、アニメの「聖地」のひとつです。
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岩舟から両毛線で小山まで行き、水戸線に乗換えて水戸に到着。
この日は、水戸のビジネスホテルに宿泊しました。
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「北関東ひとり旅行(その3)」につづく>
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おせち

2016/01/01 02:03
今年の我が家のおせちです。
これまでと少し中身が変わりました。
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北関東ひとり旅行(その1)

2015/12/31 14:47
12月の19日から21日まで、年末恒例のひとり旅行に出かけました。
今回は、北関東の三県を中心にぶらついてきました。
旅行のスタートは早朝の阪神尼崎。梅田まで、往年の青胴車です。
この駅は、大阪方面、神戸方面とも4時36分に始発電車が出発します。この時刻は、全国的に見てもかなり早い始発時刻だと思います。
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大阪から新大阪までは、JRの在来線利用。
5時00分発の、京都方面への一番電車です。
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まだ開いていない新大阪駅新幹線改札口。
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この日は、新大阪駅発一番電車の「のぞみ200号」を利用しました。
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IC早得を利用すると、通常の普通車並みの料金で乗車出来るグリーン車を利用しました。
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海側のA席。新幹線で東京に向かっていると、富士山はまず海側の車窓から見え始めます。
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東京駅からは、上野東京ラインに初乗車。
高崎行きの快速です。
youtubeの動画で、先頭車窓風景は何度か見ていましたが、実際に利用して改めて便利さを実感。
ただ、三十数年前、上野駅から八甲田や十和田、おが、ときわといった急行列車に並んで乗って、東北旅行をしていた自分には、この連絡線の開通で上野駅始発の列車がますます少なくなることに、郷愁の念も少しありますが・・・。
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ここでも、グリーン車に乗ってしまいました。
SUICAを持っていくのを忘れていて、ICOCAではホームでグリーン料金を精算出来ず、割高になってしまいました。
ケムリのように高いところに上がりたがる私は、当然、二階席です。
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鴻巣駅で乗換えて、この日の最初の下車駅、北鴻巣駅に到着。
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利根川と荒川を結ぶ「武蔵水路」に沿って整備された「さきたま緑道」を歩きます。
目指す先は、「さきたま古墳公園」です。
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北鴻巣駅から古墳公園まで、約4.5キロです。
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歩行者通路と自転車通路が分かれた基本幅員25メートルの、快適な緑道です。
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緑道は途中で、上越(長野)新幹線の高架をくぐります。
この区間(大宮、熊谷間)の新幹線の通過本数の意外な多さに、少し驚きました。
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途中、少し寄り道をして「石田堤」の遺構を見に行きました。
石田三成が忍城を水攻めした際に築いた堤が壊されずに残ったものです。
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緑道に戻り、さらに歩いて「さきたま古墳公園」に到着。
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何はともあれ、一番のお目当てのある展示室に、まず向かいました。
「さきたま史跡の博物館」です。
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国宝展示室へ。
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国宝の稲荷山鉄剣です。
学生時代にその存在を知ってから三十数年間。
初めて本物を目の当たりにして、感激!
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三十数年前、この小さな錆びた一本の鉄剣が、古代日本史の空白部分に大変な情報をもたらしました。
右下には、現在の技法で再現された金象嵌の稲荷山鉄剣のレプリカがいっしょに展示されています。
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お目当ての鉄剣を堪能した後、古墳公園内を散策。
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事前情報では、12月の中旬から稲荷山古墳の墳丘は、整備工事のため立入禁止になると聞いていたのですが、工程がやや遅れているのか、立入禁止は1月中旬からで、この日は上まで登ることが出来ました。
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墳丘の上からの景色。
写真ではよくわからないと思いますが、実際は360度の展望で、関東平野の広大さを実感します。
南や東は海まではるかな距離があり(もちろん海は見えません)、北に見える山並みも、大阪の街から見る生駒や六甲の連山とは距離も高さも全然違うといった感じです。
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将軍山古墳
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古墳公園を出て行田市の中心部に向かってしばらく歩き、水城公園に着きました。
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忍城の模擬天守。
博物館からわたり廊下を通って入るような造りになっていました。
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秩父鉄道の行田市駅まで歩き、羽生行に乗車。
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東武伊勢崎線で館林まで行き、そこで乗換えて足利市で下車しました。
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渡良瀬川の足利水位観測所。
後ろに見える橋梁が、森高千里さんの歌でつとに有名となった、渡良瀬橋です。
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「夕日がきれいな街」と歌に歌われた、渡良瀬橋からの、渡良瀬川上流方向の景色です。
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橋の上から眺めると、川の流量は渇水期にもかかわらず豊かで、流れもとてもきれいに見えました。
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歌碑です。
横に飛び出ている押しボタンを押すと、「渡良瀬川」のフルコーラスが流れます。
このパターンは、青森県三厩の「津軽海峡冬景色」の歌碑以来でした。
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足利市街歩きの定番?スポット、床屋の角の公衆電話です。
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大好きな路地裏散策。
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足利学校は、数年前に家内と旅行をしたときにレンタカーを利用して訪ねていたので、今回はパスしました。
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ちょっと昔風のJR足利駅北口です。
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足利駅で両毛線の桐生方面行きの電車を待っていたら、こんなのが対向して行きました。
なお、今年の7月から渡良瀬橋の曲が、この駅の発車メロディとして使われています。
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両毛線の普通電車で、桐生まで来ました。
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わたらせ渓谷鐵道は、かつてのJR足尾線を引き継いだ鉄道で、JR桐生駅の高架駅ホームに乗り入れています。
今回は乗車出来ず、写真撮影のみとなりました。
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駅の立ち食いうどん店で、名物の「ひもかわうどん」を食した後、駅前に出ましたが、冬至直前で、もうすっかり暗くなっていました。
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上毛電鉄の西桐生駅。JR桐生駅からは徒歩5分程度です。
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クリスマストレインです。
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自転車の直乗せにも遭遇出来ました。
ホームや車内で自転車に乗らないよう、注意書きがありましたが、まあ当然でしょうな。
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中央前橋駅には、「走る水族館」電車が止まっていました。
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JR前橋まで、夜の街を歩くつもりでしたが、中央前橋の駅舎前に装飾されたシャトルバスが止まっていて、私を呼ぶようにカンカンと発車の鐘が鳴っていたので、思わず乗ってしまいました。
JR前橋駅まで100円です。安い!
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この日は、高崎のビジネスホテルで宿泊しました。
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「北関東ひとり旅行(その2)」につづく>
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南九州ひとり旅行

2015/01/02 22:04
昨年末、二泊三日で、南九州をひとり、ぶらついてきました。
一昨年の末に行く予定であったのが、直前に体調を崩してしまい、実に一年越しの旅行となりました。
12月20日7時15分発のさくら545号で新大阪を出発しました。
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さくら545号に揺られること3時間あまりで、最初の目的地、出水に到着。
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お目当てのツルが、駅の構内にもどんと構えています。
ただ、「おかえりなさい」と言われても、といった感じですが・・・。
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かつての鹿児島本線は、肥薩おれんじ鉄道になっています。
三十数年前には、急行「かいもん」の自由席で、車中泊していた路線です。
当時、旅行に使った九州均一周遊券を見ると、「出水」の下車印が押してあるので、この駅にも降りたっていたということですね。(2009年2月13日のブログをご参照下さい。)
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手元に残っていた当時の時刻表を見ると、23時37分に出水駅に到着する下りの普通列車と、0時06分に出水駅を発車する上りの「かいもん6号」に線が引いてあるので、この日の夜はこのふたつの列車を乗り継いで、「かいもん6号」を一夜の宿にしていたということになります。
「かいもん6号」の線は、7時03分着の門司駅まで引いてあって、鹿児島本線の下りのページを再度見ると、門司駅7時20分発の電車に、博多まで線が入っていました。
「かいもん6号」で7時間、睡眠時間を確保した後、普通電車で引き返して、博多着が8時57分。そこからこの日の活動を開始したということです。
こう書いていると、当時、煌々とヘッドライトを照らしながら出水駅に入線してくる機関車を深夜のホームで待っていた時のことが、おぼろげに思い出されました。

出水駅の近くでレンタカーを借りて出発。
幕藩時代の外城制の名残を残す野田郷地区を経由して、ツルの渡来地に向かいました。
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ツル観察センターから見た渡来地の田んぼの様子です。
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観察センターに向かう道路沿いのすぐ近くにも、ツルがたむろしています。
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鳥インフルエンザの拡大を防ぐため、車は消毒をして退出します。
この日は少し雨模様の天気で、作業の方は、本当にお疲れ様です。
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レンタカーで伊佐市を経由して人吉市に入り、肥薩線の大畑駅に到着。
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大畑駅名物の名刺張り。私も一枚、張らせていただきました。
この写真の中に写っています。
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ホームからの様子です。
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蒸気機関車の時代、人吉から全力運転で急勾配を登ってきた来た列車の機関士さんや乗客が、煤で汚れた顔や手を洗ったという、湧水利用の洗顔場です。
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同じく、蒸気機関車時代の、給水塔です。
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近くのお立ち台にお邪魔させていただき、スイッチバックする「しんぺい」号を遠望させていただきました。
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この後、宮崎県のえびの市まで一般道を走り、国道221号の人吉ループ橋と、えびのループ橋を体験通過。
えびのICから九州道に乗り、鹿児島空港の横を通って、鹿児島市内に到着。
駅前の営業所にレンタカーを返した後、クリスマスを間近に控えた鹿児島中央駅を少しだけひやかして、この日の宿のある朝日通電停まで、夜の街中をてくてく歩きました。
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12月21日朝、ホテルを出発。
電停前を横切って、JR鹿児島駅方面に、またてくてく歩きました。
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鹿児島駅前電停に停まる、色とりどりの市電車両。
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稲荷川の河口周辺にある、祇園之洲公園、石橋記念公園を訪ねました。
甲突川から移設された高麗橋です。
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同じく玉江橋です。
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玉江橋の橋面はこんな感じです。
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同じく桜島を背景に西田橋です。
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公園内にある、石橋記念館です。
この日は、年の瀬の日曜日ということで館内はとても空いていて、ゆったりと見学することが出来ました。
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海岸沿いの道路から望む桜島です。
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鹿児島駅から、「はやとの風」に乗車。
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吉松駅で「しんぺい」に乗り継ぎました。
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「はやとの風」で隣りの席に座った中国人の一人旅の娘さんと人吉まで、ご一緒しました。
日本語の出来ない北京在住の娘さんと、英語がほとんど出来ない大阪弁の私と、かなりちぐはぐな会話?だったと思うのですが、それでも漢字文化圏の者同士、筆談を交えてそれなりに意思疎通は図れました。
娘さんはこの日、人吉から特急、新幹線に乗り継いで、博多泊とのこと。
その後、宮島、東京、京都、奈良、USJ、台湾!と、年間の休暇を一気に使っての大旅行だと言っておられました。

真幸駅にて。
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大畑駅にて。
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「しんぺい」車内にて。
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「はやとの風」も「しんぺい」も、パーサーが乗務されていて、車内や途中停車駅で、こまめに写真撮影や観光案内をしてくださっていました。

午後4時半過ぎに人吉に到着。
駅のホームで「サヨナラ(娘さん)」「再見(私)」と言葉を交わして娘さんと別れた後、人吉の街を散策しました。
すぐに夕暮れの時間になり、あまりゆっくりと散策出来ませんでしたが、こんなふうに普通に街中をぶらぶらしている時が私にとって、とても心地よいひと時です。
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この日の夜はホテルの部屋で、大河ドラマの最終回を見ました。

12月22日朝、ホテルを出発。
近くの営業所でレンタカーを借りて球磨川に沿って国道219号を北上。
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この日の最初の目的地、球泉洞です。
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洞内には通路が設置されていて、かなりの高低差を登り降りするところもあります。
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長靴とヘルメットをお借りして、より深いところまで見せていただく探検コースに挑戦しました。
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探検コースの終点には、幻想的な景色が広がっていました。
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球泉洞を後に、国道を一路、八代方面に走りました。
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八代ICから九州道に乗り、次の松橋ICで降りて国道218号を東に走り、熊本県美里町の霊台橋に到着。
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この後、霊台橋を渡りました。落ちないとはわかっていても、渡っているときはかなりおっかなびっくりでした。
写真ではわかりにくいのですが、橋面から水面までかなり高さのある橋です。
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さらに国道を東に走り、山都町へ。
お目当ての通潤橋に到着しました。
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手すりもなく、少し雪の残る橋面を、これまたへっぴり腰で渡りました。
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この最後の坂がかなり危険。
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左岸側から見た通潤橋。
橋梁に向かって、三連の石造り用水管が続いています。
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通潤橋を後に、案内所でいただいた地図と車載のナビを頼りに高森峠を越えました。
この日は前夜からの寒波に伴う降雪で、高森越えが出来るかどうかかなり心配していたのですが、案内所のおじさんのご教示どおり、行ってみると難なく峠越えすることが出来ました。
峠を越えた直後の場所からの絶景は、残念ながら運転に集中していて、停車して撮影するココロの余裕がありませんでした。
国道265号と325号の交差点付近まで下ってから、一時停止して写真を撮りました。
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国道325号から57号に入り、景色を楽しみながらJRの阿蘇駅まで行きました。
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赤水駅まで戻って、近くのスタンドで給油し、すぐそばの営業所にレンタカーを返却。
阿蘇駅で、赤水駅から熊本駅までの「九州横断特急」の指定券を購入していましたが、一本前の普通列車がよく空いていたので、立野のスイッチバックはこの普通列車に乗って体験しました。
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三十数年前の学生時代、延岡から高千穂線で高千穂峡を訪ね、バスで高森まで行って高森線で立野まで来たものの、スイッチバックは体験できず、そのまま熊本に向かってしまい、以来、このスイッチバックを体験することが念願の一つになっていました。
五十四歳にして、ついに達成。
スイッチバックの様子は車中から動画で撮影しましたが、窓が汚れていてあまりいい絵は撮れませんでした・・・。
終点の肥後大津までこの列車のお世話になり、そこから九州横断特急に乗って、熊本まで行きました。
前日の「はやとの風」に続いて、ディーゼル特急の心地よいリズムを感じながら、しばし至福の時を過ごしました。
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午後6時前に熊本駅に到着。
お土産を買ったり喫茶店で休憩したりして今回の九州旅行最後のひと時を過ごしました。
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午後8時33分、新大阪まで行く最終のみずほ610号に乗車。
かつて「阿蘇」「くにさき」「雲仙」「西海」といった急行列車に一晩、お世話になった区間を、今はわずか3時間ちょっとで走破してしまいます。
定刻の11時37分、無事新大阪に帰ってきました。




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大阪近郊区間 大回り乗車

2012/10/28 12:14
 この週末、かねてより計画していた大阪近郊区間の大回り乗車を実行しました。
 以前に一度、同じ起終点駅の計画を実行したことがありましたが、当時はおおさか東線が開通していなかったので、今回より総延長がもう少し短めでした。

 大回り乗車の根拠となる、JRの大都市近郊区間運賃ルールについては、以下をご参照ください。
 http://www.jr-odekake.net/railroad/ticket/guide/02b.html#5


今回の計画と行程は以下のとおりです。(行程は乗換えた駅と発時刻、経由路線名を列記します)

 起終点   塚口〜加島 
 運  賃   180円
 総延長   739.4km(運賃計算キロ 754.7km)
 通過駅   277駅(起終点駅含まず)        
 行  程
         塚口    6:06
                  福知山線
         谷川    7:36
                  加古川線
         西脇市   8:25
                  加古川線
         加古川   9:22
                  山陽本線、東海道本線、湖西線
         近江塩津 12:05
                  北陸本線、東海道本線
         草津    13:57
                  草津線
         柘植    14:39
                  関西本線
         加茂    16:56
                  関西本線
         木津    15:56
                  片町線
         放出    16:56
                  おおさか東線
         久宝寺   17:15
                  関西本線
         奈良    18:09
                  桜井線
         高田    18:58
                  和歌山線
         五条    19:39
                  和歌山線
         和歌山   21:32
                  阪和線
         天王寺   22:44
                  大阪環状線
         京橋    23:03
                  JR東西線
         加島   着23:19
 (路線図は一番最後に張り付けています)

 この日の起点、早朝の塚口駅です。
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 乗車券は、塚口から加島まで、180円。
 最低料金区間ではありませんが、これで丸一日、楽しませてもらえます。
 5時39分に購入。
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 塚口駅の停留線では、電車が始業点検で、タイフォンを鳴らしたり、ドアを開け閉めしたり、パンタグラフを上げたりしていました。(奥の暗いところにいますが、写真では全然、見えませんね)
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 福知山線の福知山行き普通列車で谷川駅に到着。
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 加古川線、西脇市行きのワンマンカー。
 写真には写っていませんが、車内には、きれいなトイレも設備されていました。
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 西脇市駅でこの電車に乗換え。
 終点の加古川駅に到着するころには、2両編成の車内はかなりの混雑でした。
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 加古川駅では、加古川線から山陽本線への乗換え通路に改札があります。駅員さんのいる通路を通って180円切符を示し、無事通過しました。
 加古川駅の高架事業は、先行していた姫路駅を追い越して平成17年、一足先に完成しました。
 
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 姫路方面から来た12両編成の新快速は、好天の週末とあって、かなりの混雑でした。
 湖西線を経由して、近江今津駅では後ろ8両を切り離し、2時間半あまりかかって、近江塩津駅に到着。
 途中、車掌さんが検札に来られて、本日二度目の大回り切符、検札となりました。
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 近江塩津駅は、上の写真のとおり、同じホームで乗換え出来ました。
 敦賀から来ていた4両編成の新快速姫路行きに乗換えて、北陸本線を南下。
 米原駅で8両増結して、12両編成で草津まで行きました。
 草津駅では、今回の一日の行程で最長の30分強の乗り換え時間があったので、駅構内のお店で食料を調達し、草津線のホームで遅い昼食を摂りました。
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 この緑の車両を見ると、私の世代では思わず「ケロヨン」という言葉が思い浮かびます。
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 ケロヨンに乗せてもらって、ガタンゴトンと柘植まで行きました。
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 ロボットアニメ風の顔をした、関西本線のディーゼルカー。
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 今や貴重なディーゼル区間をブンブンふかしながら、秋の伊賀路を東へ。
 乗っていて、このディーゼルカーは、走行時の揺れ方が独特だなと感じました。
 車両の中央付近に座っていましたが、ひねるようにというのか、くねくね揺れていました。

 車中から見た、途中駅の、単線非電化、両開きポイントの行き違い線に跨線橋という風景をとてもなつかしく感じつつ加茂駅に到着。
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 加茂駅から、一駅区間だけ、上の写真右側の関西線経由大阪行き電車のお世話になりました。
 この一駅区間の車内では、「学研都市線(片町線)の踏切で乗用車が一時立ち往生して云々」とアナウンスがあり、少し心配になりましたが、幸いその後の行程にダイヤに乱れはなく事なきを得ました。
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 前回、実行した時は、おおさか東線が開通していなかったので、木津で下車せずそのまま奈良まで行って今回行程の桜井線に合流するルートでしたが、おおさか東線の開通で片町線、おおさか東線、関西本線の80km余りの区間が追加になりました。
 片町線の快速電車で放出まで行き、そこでおおさか東線に乗換えました。
 時刻は午後5時前。
 もうすぐ出発から12時間になります。
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 久宝寺駅で乗換えて、関西本線の快速で奈良へ。
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 奈良から桜井線の青い電車で高田まで行きました。
 奈良市から桜井市までのこの区間は、行楽目的で自家用車でよく走るルートなのですが、この時間、外はもう真っ暗で、景色は全然わかりませんでした。
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 高田駅で王寺から来た電車に乗換えて五条まで乗車。このあたりもつい先日、自家用車で観光した場所なのですが、外は真っ暗で手持ちの地図で風景を想像するくらいしか出来ませんでした。
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 五条駅で和歌山線の電車に乗換え。
 途中、橋本駅で対向車両待ちの15分停車などもあり、1時間40分余りで和歌山駅に到着しました。
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 和歌山駅で、阪和線の紀州路快速に乗換え。日根野駅で関空からの快速を増結し大阪方面を目指しました。
 さすがに土曜日の午後9時から10時台に都心方面に行く人は少なく、かなりゆったりとしたまま、天王寺に到着。大阪環状線に乗換えて内回り線で京橋まで行きました。
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 京橋駅で環状線ホームから東西線ホームに降りて、時刻は午後11時。普段とちがってがらがらの電車に乗り込みいよいよラストラン。
 定刻通り、午後11時19分。無事、加島駅に到着しました。
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 加島駅で出札し、朝、塚口駅で写したように、真っ暗な中、駅入り口の写真を撮りました。
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 自宅最寄駅である川西池田駅からの移動も含めると、午前5時半から夜中の0時前まで18時間以上、久しぶりの鉄道三昧でした。

 私自身は学生時代、あるいはそれ以前から、乗り物に乗っていればそこそこ機嫌よく時間を過ごせるほうなのですが、もし同様の計画を実行されるのであれば、乗車される範囲の地図をお持ちになることをお勧めします。10万分の1くらいの道路地図でいいので、バッグに入れておけば、通過する沿線の山や川、社寺仏閣の名前や交差する道路の行先など、いろいろその場でわかって楽しめます。

 以前には職場の仲間を誘って、今回同様の大回り乗るだけ旅行をしたこともあります(ルートは今回と比べて大幅にショートカットしていますが)。
その時は、駅弁や柿の葉寿司、駅そばといろいろ楽しみました(車窓風景を肴に、飲み食い三昧の趣きでした)。
 たまたまその日、我々が利用する時間帯に阪和線が不通となり、南海本線で振替輸送となったため、和歌山市駅から新今宮駅まで、JRの安切符で乗車したことも貴重な経験で、いい思い出になりました。

 今回記事中の、総延長や運賃計算キロ、通過駅数などは手作業で数えたり計算したりしておりますので、間違っているかもしれません。その点はご容赦ください。もしよろしければご指摘いただければ幸いです。

  最後に、今回の行程で通過した市町村を一覧にします。通過した順で、二度目以降は省略しています。

  尼崎市、伊丹市、川西市、宝塚市、西宮市、神戸市、三田市、篠山市、丹波市、西脇市、加東市、小野市、加古川市、播磨町、明石市、芦屋市、大阪市、吹田市、摂津市、茨木市、高槻市、島本町、大山崎町、長岡京市、向日市、京都市、大津市、高島市、長浜市、米原市、彦根市、東近江市、野洲市、守山市、栗東市、草津市、湖南市、甲賀市、伊賀市、南山城村、笠置町、和束町、木津川市、精華町、京田辺市、枚方市、交野市、寝屋川市、四条畷市、大東市、東大阪市、八尾市、柏原市、王寺町、三郷町、斑鳩町、安堵町、大和郡山市、奈良市、天理市、桜井市、橿原市、大和高田市、葛城市、御所市、五条市、橋本市、かつらぎ町、紀の川市、岩出市、和歌山市、阪南市、泉南市、泉佐野市、熊取町、貝塚市、岸和田市、忠岡町、和泉市、泉大津市、高石市、堺市

 以上69市、12町、1村の計82市町村。正解でしょうか?

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阪急100年ミュージアム号

2010/02/11 16:07
今日は建国記念の日です。

先日、朝、通勤途中、阪急の川西能勢口駅で電車を待っていると、梅田方面行きホームに100年ミュージアム号が入ってきました。

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阪急の宝塚線と箕面線は今年の3月10日に開業百周年を迎えます。

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紅葉

2009/12/01 23:48
前回の記述から八ヶ月以上、経ってしまいました。
三月下旬に転勤の内示があり、三年間の神戸勤務を終え、
四月から同じ兵庫県の宝塚に勤務しています。
転勤のあわただしさの中で、ブログの記述が滞ってしまいました。
また、ぼちぼちと更新していきます。
今日は、宝塚の街中から程近い、武田尾渓谷の紅葉です。
三田に出張する途中で、JR武田尾駅で撮影しました。
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武田尾駅は、ホームの半分がトンネルの中で、あとの半分が武庫川に架かる橋梁と一体になっている珍しい駅です。
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元町 もくれん 桜

2009/03/26 21:53
元町パークロードのもくれんが満開です。

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こちらは毎年早咲きの元町駅西口北側の中学校前の桜です。

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ポトスライムの舟

2009/03/18 19:18
津村記久子さんのポトスライムの舟をやっと読みました。

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文芸春秋の3月号を通勤かばんに一ヶ月以上入れていて一昨日やっと読みました。
ここ数年、芥川賞受賞作は文春を買って読んでいます。

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ということで、本棚には文春の3月号と9月号だけが並んでいます。

文春で読むと、選評が読めるからいいですね。

今回は、石原慎太郎さんの選評がちょっとだけ甘口だったような・・・。
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神戸本町 モクレン

2009/03/12 21:50
元町パークロードのモクレンがどんどん咲き始めています。

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こちらはJRガード南側の街路樹です。

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福知山線 検査車両

2009/03/11 23:39
週に二回くらい、早朝の福知山線を検査用の車両が大阪方面に通過していきます。
この写真は塚口駅で撮影しました。

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能勢電鉄 山下駅

2009/03/08 19:30
能勢電鉄の山下駅に撮影に行きました。

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能勢電鉄の会社創立100周年の記念塗装車が行き来しています。
こちらは、昭和58年8月から平成4年8月まで使用されたマルーン&ベージュ塗装です。

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同じく、平成6年3月から平成15年8月まで使用された塗装です。

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今日は、マルーン&ベージュ車が山下−妙見口間を走行していました。
妙見口方面に走り去る記念塗装車。

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山下−日生中央間を走行する車両は、川西能勢口から妙見口方面行きの車両が到着するたびに、日生中央に行くお客さんが同じホームで乗り換えが出来るようにUターンサービスをしています。

日生中央から2号線に電車が到着。

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ここで降りる人や乗り換える人が下車。

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すぐに、川西能勢口方面から、妙見口行きが3号線に到着。

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日生中央に行くお客さんは、同じホームで乗り換えが出来ます。

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妙見口方面から川西能勢口行きが4号線に到着。(写真右側)
妙見口行きが3号線から発車。(写真左側)
実はここから先、妙見口までは単線です。

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日生中央行きが、Uターンすべく、3号線から本来とは逆の方向に発車。

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ここがUターン場所です。
運転手さんが、後ろから前まで、車内を歩いて移動します。
その間に、4号線から川西能勢口行きが発車。

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運転手さんが移動中のUターン電車の横を川西能勢口行きが通り過ぎて行きます。

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そして、前後が入れ替わった電車が1号線に入線してきます。

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本来の日生中央方面行きホームである1号線に入線しました。

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能勢電鉄は、この二両編成のシャトル便によって、すべての駅で10分ヘッドの運転を実現しています。

山下、日生中央間には現在は途中駅はありませんが、近い将来、駅が出来るような話を最近、どこからか聞きました。本当だとすれば、楽しみです。


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神戸元町 六甲山

2009/03/01 22:29
大学進学の決まった長女のスーツを購入するため、私と家内と長女の三人で神戸の元町に行きました。
午前中に服屋さんの用を済ませて、昼食は南京町の皇蘭で食べました。
元町商店街を少しぶらついたあと、ビーナスブリッジ経由で六甲山の脊梁部を走る県道に出てそこから東に走り、宝塚の逆瀬川に下りました。
昨年三回に分けて独自に歩いた、六甲全山縦走の経路とあちこちで交差したり重複したりしていて、懐かしかったです。
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