令和元年初夏 入梅前の九州ひとり旅行
大型連休が終わって入梅前の観光オフシーズン。
往復新幹線利用の弾丸行程で九州北部を訪ねました。
新大阪6時ちょうど発のみずほ601号。
JR西日本の新幹線は片側二列シートでゆったりしているのがありがたいですね。
発車してすぐの車両基地に瑞風が停まっていました。
2時間半で定刻に博多到着。
博多からJRと西鉄を乗り継いでまず太宰府を目指しました。
西鉄太宰府駅。
太宰府天満宮にお参りさせていただきました。
復路は西鉄の「DAZAIFU TRAIN 旅人」。
新元号で話題の太宰府天満宮ゆかりの大伴旅人さんと、「たびびと」を掛けているとのこと。
先頭には「祝令和」のヘッドマーク。
西鉄を紫駅で下車してJRの二日市駅まで歩き、そこから久留米までJRの快速列車。
久留米からはディーゼル特急「ゆふ」で久大線を日田に向かいました。
特急「ゆふ」は事前に指定席を取っていたのですが、指定席車両はほぼ満席状態。
ところが乗車してすぐ車内探検で自由席車両をのぞいてみると自由席はガラガラで、そちらに移動させていただきました。
客室は板張りの通路でとても暖かい雰囲気です。
一時間足らずで日田に到着。
最近はミネラルウォーターの名前で知名度の高い日田ですが、ここは古くからの林業の街で駅待合室奥の公共スペースも駅前の歩道の屋根も木材を使ったぜいたくな造りです。
重要伝統的建造物群保存地区に指定されている豆田地区を訪ねました。
この日の昼食は、豆田地区の街中のお店で名物日田やきそばをいただきました。
日田駅に戻って「ゆふいんの森」に遭遇。
駅前に停まっていた日田彦山線の代行バス。
日田彦山線は一昨年7月の九州北部豪雨で不通になっています。
日田からこの日の宿泊地の中津までバスで移動。
「日田往還」国道212号で大石峠を越えて中津市に入り、山国川沿いの耶馬溪地区を走って、1時間40分ほどで中津駅前に到着しました。
なお、バスの停留所アナウンスで知りましたが「大石峠」は「おおいしとうげ」ではなく「おしがとう」と読むようです。
中津駅の北側では、あとしばらくで主役を交代する福沢諭吉さんが腕組みされていました。
二日目。
朝一番にレンタカーを借りてまず宇佐神宮を目指しました。
宇佐神宮は全国の八幡さんの総本宮。
この神宮の鳥居には額がなく、柱の上部に黒い台輪のある独特の様式です。
朝、比較的時間も早くまだ参拝の方もまばらで、大変静かな雰囲気の中でお参りさせていただきました。
宇佐神宮のお参りを終えて、宇佐市院内地区の石橋群を訪ねました。
まず、鳥居橋。
優美な橋脚から「石橋の貴婦人」とも呼ばれている院内地区を代表する石橋だそうです。
確かに、この橋の橋脚は非常にスレンダーで洗練された意匠だと感じます。
続いて御沓橋。
59mの橋長は院内地区の石橋で一番だとのこと。
残念ながら橋梁近くの道路が工事中で、ヨソモノの私は適当なビューポイントにたどり着くことが出来ず遠望撮影となりました。
荒瀬橋。
こちらは、高さが院内地区で一番だとのこと。
最後に富士見橋。
この橋梁は架橋工事中の大正13年に崩落事故が発生し、当時の棟梁田中新之助が私財を売り払い再度工事を進めて完成させたとのことです。
ほかの石橋と比較して橋脚がずんぐりとしているのは、崩落事故のあとの設計変更の結果でしょうか?
それとも、岩盤上に橋脚を立てる構造から初めからこういう設計だったのでしょうか?
この日の昼食は、宇佐名物からあげを定食でいただきました。
午後はお隣の宇佐市安心院地区の鏝絵を鑑賞に行きました。
鏝絵は左官職人が壁を塗る鏝を使って描いたレリーフのことで、この安心院地区では明治以降、鏝絵の保存創作を続けた結果、現在では我が国随一の鏝絵密集地区になっているそうです。
なお、安心院は「あじむ」、鏝絵は「こてえ」と読みます。
最高気温が30度を超えたこの日、かなり汗をかきながら「鏝絵地区」を1時間くらい歩き回ったあと車に戻り、国道500号という非常にキリのいい名前の道路で山越えをして、前日小雨の中をバスで通過した耶馬溪地区を訪ねました。
耶馬溪は今から40年くらい前の学生時代に一度訪ねていますが、当時の記憶はほとんどありません。
この日は、学生時代に行けなかった青の洞門を訪ねました。
今は全体としては車も通行できる道路になっていますが、所々、禅海和尚が手掘りした洞門も残っていました。
中津の街に戻ってレンタカーを返却したあとレンタカー店の方に駅まで送っていただき、特急電車でこの日の宿泊地の小倉に向かいました。
三日目。
小倉駅近くのホテルを朝7時過ぎにチェックアウトして、少し通勤電車で近辺をうろうろしました。
もしかすると、いずれ駅名が変わってしまうかもしれない「スペースワールド駅」の正面出入口。
スペースワールド駅から門司港行きの電車に乗りました。
門司港は学生時代、連日の車中泊旅行で快適な一夜の宿を確保するため、何度もお世話になった駅です。
(急行「かいもん」、鈍行「ながさき」の始発駅でした)
近年は、門司港レトロの呼び声のもと、シャレた観光スポットになっているようで、一度再訪してみたいと思っていました。
ということで、門司港駅。
かつて、少しでも快適な就寝環境を確保できる車両を目指して、改札口が開くやいなや小走りに駆けた長いホームは(記憶は定かではありませんが)概ねあのころと変わっていないように見受けられました。
一方、改札口はうってかわってレトロ感満載で激変が一目瞭然。
駅員さんは白っぽい詰襟の制服で、これもどうやらこの駅だけの演出のようです。
こんなん、国鉄時代には考えられなかったですね。
そしてこれまた記憶は不確かですが、当時、改札が開くまでの間黙々と時間を過ごした愛想も何もなかった待合室が、今はこじゃれたスターバックスのカフェになっていました。
駅正面もご覧の通りです。
ただ、こちらは当時、こういうアングルで見上げた記憶がありません。
たぶん、駅舎どころではなかったと思います。
門司港駅から関門海峡に沿って、関門大橋のたもとにある関門国道トンネルの人道入口まで歩きました。
レンタサイクルが利用できれば良かったのですが、時間が早くまだ貸出窓口が開いていませんでした。
かなり距離はありましたが遊歩道も整備されていて、それなりに快適でした。
エレベータでまっすぐに下りて、関門トンネル人道部の門司側スタート地点です。
お決まりの撮影スポット。
しかし、通行している人は皆黙々と歩いたりジョギングしたりで、こんな写真を撮っているのは私だけでした。
下関側の地上部です。
なお、奥の方で対峙しているのは武蔵と小次郎ではなく、源義経と平知盛です。
門司港駅に戻り、九州鉄道記念館を見学しました。
昼食時になり、駅のすぐ近くの三井倶楽部のレストランで門司港名物焼きカレーをいただきました。
門司港で食事をしたあと小倉に戻り、小倉駅北の北九州市漫画ミュージアムを訪ねました。
いまの北九州市は、松本零士さんが少年時代を過ごした街で、ほかにも松本清張、わたせせいぞう、北条司など多くの作家や漫画家にゆかりのある街です。
マンガミュージアムは京都にもありますが、松本零士さんが名誉館長を務めるこちらのミュージアムはぜひ一度、訪ねてみたいと思っていました。
小倉駅新幹線口デッキにて。
このほかにも北九州モノレールのラッピング列車など、小倉駅周辺は松本零士ワールド全開です。
このあと小倉城周辺に足を延ばし、ゼンリン地図の資料館、北九州市立の松本清張記念館などを訪ねました。
夕方の新幹線で帰阪。
三日間、お天気にもそこそこ恵まれて快適な旅行でした。
三日間の歩数、65000歩余り。運動不足も少し解消しました。
往復新幹線利用の弾丸行程で九州北部を訪ねました。
新大阪6時ちょうど発のみずほ601号。
JR西日本の新幹線は片側二列シートでゆったりしているのがありがたいですね。
発車してすぐの車両基地に瑞風が停まっていました。
2時間半で定刻に博多到着。
博多からJRと西鉄を乗り継いでまず太宰府を目指しました。
西鉄太宰府駅。
太宰府天満宮にお参りさせていただきました。
復路は西鉄の「DAZAIFU TRAIN 旅人」。
新元号で話題の太宰府天満宮ゆかりの大伴旅人さんと、「たびびと」を掛けているとのこと。
先頭には「祝令和」のヘッドマーク。
西鉄を紫駅で下車してJRの二日市駅まで歩き、そこから久留米までJRの快速列車。
久留米からはディーゼル特急「ゆふ」で久大線を日田に向かいました。
特急「ゆふ」は事前に指定席を取っていたのですが、指定席車両はほぼ満席状態。
ところが乗車してすぐ車内探検で自由席車両をのぞいてみると自由席はガラガラで、そちらに移動させていただきました。
客室は板張りの通路でとても暖かい雰囲気です。
一時間足らずで日田に到着。
最近はミネラルウォーターの名前で知名度の高い日田ですが、ここは古くからの林業の街で駅待合室奥の公共スペースも駅前の歩道の屋根も木材を使ったぜいたくな造りです。
重要伝統的建造物群保存地区に指定されている豆田地区を訪ねました。
この日の昼食は、豆田地区の街中のお店で名物日田やきそばをいただきました。
日田駅に戻って「ゆふいんの森」に遭遇。
駅前に停まっていた日田彦山線の代行バス。
日田彦山線は一昨年7月の九州北部豪雨で不通になっています。
日田からこの日の宿泊地の中津までバスで移動。
「日田往還」国道212号で大石峠を越えて中津市に入り、山国川沿いの耶馬溪地区を走って、1時間40分ほどで中津駅前に到着しました。
なお、バスの停留所アナウンスで知りましたが「大石峠」は「おおいしとうげ」ではなく「おしがとう」と読むようです。
中津駅の北側では、あとしばらくで主役を交代する福沢諭吉さんが腕組みされていました。
二日目。
朝一番にレンタカーを借りてまず宇佐神宮を目指しました。
宇佐神宮は全国の八幡さんの総本宮。
この神宮の鳥居には額がなく、柱の上部に黒い台輪のある独特の様式です。
朝、比較的時間も早くまだ参拝の方もまばらで、大変静かな雰囲気の中でお参りさせていただきました。
宇佐神宮のお参りを終えて、宇佐市院内地区の石橋群を訪ねました。
まず、鳥居橋。
優美な橋脚から「石橋の貴婦人」とも呼ばれている院内地区を代表する石橋だそうです。
確かに、この橋の橋脚は非常にスレンダーで洗練された意匠だと感じます。
続いて御沓橋。
59mの橋長は院内地区の石橋で一番だとのこと。
残念ながら橋梁近くの道路が工事中で、ヨソモノの私は適当なビューポイントにたどり着くことが出来ず遠望撮影となりました。
荒瀬橋。
こちらは、高さが院内地区で一番だとのこと。
最後に富士見橋。
この橋梁は架橋工事中の大正13年に崩落事故が発生し、当時の棟梁田中新之助が私財を売り払い再度工事を進めて完成させたとのことです。
ほかの石橋と比較して橋脚がずんぐりとしているのは、崩落事故のあとの設計変更の結果でしょうか?
それとも、岩盤上に橋脚を立てる構造から初めからこういう設計だったのでしょうか?
この日の昼食は、宇佐名物からあげを定食でいただきました。
午後はお隣の宇佐市安心院地区の鏝絵を鑑賞に行きました。
鏝絵は左官職人が壁を塗る鏝を使って描いたレリーフのことで、この安心院地区では明治以降、鏝絵の保存創作を続けた結果、現在では我が国随一の鏝絵密集地区になっているそうです。
なお、安心院は「あじむ」、鏝絵は「こてえ」と読みます。
最高気温が30度を超えたこの日、かなり汗をかきながら「鏝絵地区」を1時間くらい歩き回ったあと車に戻り、国道500号という非常にキリのいい名前の道路で山越えをして、前日小雨の中をバスで通過した耶馬溪地区を訪ねました。
耶馬溪は今から40年くらい前の学生時代に一度訪ねていますが、当時の記憶はほとんどありません。
この日は、学生時代に行けなかった青の洞門を訪ねました。
今は全体としては車も通行できる道路になっていますが、所々、禅海和尚が手掘りした洞門も残っていました。
中津の街に戻ってレンタカーを返却したあとレンタカー店の方に駅まで送っていただき、特急電車でこの日の宿泊地の小倉に向かいました。
三日目。
小倉駅近くのホテルを朝7時過ぎにチェックアウトして、少し通勤電車で近辺をうろうろしました。
もしかすると、いずれ駅名が変わってしまうかもしれない「スペースワールド駅」の正面出入口。
スペースワールド駅から門司港行きの電車に乗りました。
門司港は学生時代、連日の車中泊旅行で快適な一夜の宿を確保するため、何度もお世話になった駅です。
(急行「かいもん」、鈍行「ながさき」の始発駅でした)
近年は、門司港レトロの呼び声のもと、シャレた観光スポットになっているようで、一度再訪してみたいと思っていました。
ということで、門司港駅。
かつて、少しでも快適な就寝環境を確保できる車両を目指して、改札口が開くやいなや小走りに駆けた長いホームは(記憶は定かではありませんが)概ねあのころと変わっていないように見受けられました。
一方、改札口はうってかわってレトロ感満載で激変が一目瞭然。
駅員さんは白っぽい詰襟の制服で、これもどうやらこの駅だけの演出のようです。
こんなん、国鉄時代には考えられなかったですね。
そしてこれまた記憶は不確かですが、当時、改札が開くまでの間黙々と時間を過ごした愛想も何もなかった待合室が、今はこじゃれたスターバックスのカフェになっていました。
駅正面もご覧の通りです。
ただ、こちらは当時、こういうアングルで見上げた記憶がありません。
たぶん、駅舎どころではなかったと思います。
門司港駅から関門海峡に沿って、関門大橋のたもとにある関門国道トンネルの人道入口まで歩きました。
レンタサイクルが利用できれば良かったのですが、時間が早くまだ貸出窓口が開いていませんでした。
かなり距離はありましたが遊歩道も整備されていて、それなりに快適でした。
エレベータでまっすぐに下りて、関門トンネル人道部の門司側スタート地点です。
お決まりの撮影スポット。
しかし、通行している人は皆黙々と歩いたりジョギングしたりで、こんな写真を撮っているのは私だけでした。
下関側の地上部です。
なお、奥の方で対峙しているのは武蔵と小次郎ではなく、源義経と平知盛です。
門司港駅に戻り、九州鉄道記念館を見学しました。
昼食時になり、駅のすぐ近くの三井倶楽部のレストランで門司港名物焼きカレーをいただきました。
門司港で食事をしたあと小倉に戻り、小倉駅北の北九州市漫画ミュージアムを訪ねました。
いまの北九州市は、松本零士さんが少年時代を過ごした街で、ほかにも松本清張、わたせせいぞう、北条司など多くの作家や漫画家にゆかりのある街です。
マンガミュージアムは京都にもありますが、松本零士さんが名誉館長を務めるこちらのミュージアムはぜひ一度、訪ねてみたいと思っていました。
小倉駅新幹線口デッキにて。
このほかにも北九州モノレールのラッピング列車など、小倉駅周辺は松本零士ワールド全開です。
このあと小倉城周辺に足を延ばし、ゼンリン地図の資料館、北九州市立の松本清張記念館などを訪ねました。
夕方の新幹線で帰阪。
三日間、お天気にもそこそこ恵まれて快適な旅行でした。
三日間の歩数、65000歩余り。運動不足も少し解消しました。








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